バーデンヴァイラー
行進曲
本当は「バドンヴィレ行進曲」
作曲者は
ゲオルグ・フュルストと云う軍楽長で、ミュンヘン歩兵第19連隊に所属し、第一次世界大戦に従軍した人である。CDの解説書によると、彼の作品は激戦地の地名を曲名として付けたマーチが多く、バーデンヴァイラー行進曲もその中の一つだと云う。実は、此の行進曲は当初「バドンヴィレ行進曲」と名付けられた。バドンヴィレとは、ロートリンゲン地方の街の名前である。エルザス・ロートリンゲンと云えば、独仏間で長らく争奪戦が繰り広げられた地でもある。
第一次世界大戦〜ビスマルクが恐れていた事態が現実に・・・
かつての普仏戦争で、フランスはドイツに大敗を喫した。しかも、エルザス・ロートリンゲン地方の大半をドイツに奪われたのである。此の屈辱はフランス人に忘れがたい傷を残した。次第にルサンチマン(対独復讐)をフランス国民に植え付けることになったのである。もちろんビスマルクはそのことをよーく理解していた。ビスマルクは、周辺諸国を自由自在に操って、フランスを徹底的に孤立させた。二度とドイツに噛みついて来ないように。
ところが、ビスマルクがこの世を去ったことで、彼がせっせと築いた「フランス封じ込め策」はほころび始めた。フランス人の執念のほどを、ドイツ人達は理解できなかったのだろう。第一次世界大戦勃発直後、多くのドイツ帝国臣民は「クリスマスまでには凱旋できる」と楽観的だった。気分は未だに普仏戦争のままだったのだ。だが、それは大きな間違いだったのである。
バドンヴィレの激闘
ロートリンゲン地方バドンヴィレでは、早速独仏両軍の激戦が繰り広げられた。軍楽隊長フュルストは、タクトを振っている余裕など全く無いまま弾薬の運搬に大忙しだったそうだ。「弾雨のなか、タクトを振って将兵の士気を」などと、もはや牧歌的な19世紀以前の話である。そんなことをしていたら、跡形もなく吹っ飛ばされるのが第一次世界大戦なのである。
此の激戦を題材に、彼は「バドンヴィレ行進曲」を作曲するのであるが、確かに楽曲は戦闘そのもの、と云っていい。
海上自衛隊演奏CD「ドイツ・マーチ」に収録されている曲の多くは、帝政時代ならではの華やかさ、貴族趣味的な上品さを兼ね備えた曲が多いが、「バドンヴィレ行進曲」の攻撃性は異常とも云える。自身の熾烈な体験が曲に込められているのは明らかで、聴いてて圧倒される。
何時の間にかアドルフ・ヒトラー行進曲に・・・
此の迫力あるマーチは、正に名曲としてバイエルンの軍楽隊によって引き継がれることになったが、後に現れる独裁者ヒトラーのお気に入りとなったことで、とんだ災難を蒙った。ヒトラーは、此の好戦的な行進曲をえらく気に入ったらしいが、「バドンヴィレなどと、曲名がどうもフランス語臭い。ドイツらしくバーデンヴァイラー行進曲と改名せよ」と命じたのである。その後、此の行進曲はナチの宣伝映画に利用されまくり、何時の間にか「アドルフ・ヒトラー行進曲」のようなイメージが刷り込まれてしまった。ネットで検索すれば、当時のニュース映画の動画を見ることが出来る。ナチ親衛隊が曲に合わせて整然と行進する様に圧倒されるが、こうした負の遺産を背負わされた性で、戦後のドイツ連邦軍が未だに公式の場で演奏できないでいる。
しかも、バーデンヴァイラーと云う改名について、CDの解説者は「ナンセンスそのもの」とこき下ろしている。実はバドンヴィレとは全く別にバーデンヴァイラーと云う街がドイツ国内に実際に存在し、其の街は世界大戦とは縁もゆかりも無い、
山間の温泉街だと云うのだ。例えば日本にある独裁者がいたとして、そいつが「発音が朝鮮みたいだから、湯河原行進曲と改名せよ」みたいなことを云っているに等しいのだ。
さて、「バーデンヴァイラー温泉とは・・・」
では、バーデンヴァイラーとはどのような温泉街なのであろうか。調べているうちに興味深いことが分かった。福島県の
「いわき湯本温泉」の旅館組合のホームページに、バーデンヴァイラー温泉の詳細な説明が載っているのだ。それによると、紀元75年、ローマ皇帝ヴェスパシアンの家臣が此の山間に療養温泉があることを発見し、その後二千年近くにわたって保養地としての伝統を継承してきたと云う。
そもそも福島県の「いわき湯本温泉」がバーデンヴァイラーと何の関係で?と疑問が湧いたが、それもホームページを見ているうちに理解できた。いわき湯本温泉では、かなり前からドイツとの文化交流を進めているそうで、「宴会目的だけに使われるのではなく、バーデンヴァイラー温泉のような療養温泉としての地位確立」を目標に掲げているそうだ。温泉の効能を積極的に医療の一部として再評価しよう、と云う訳である。
しかしながら、温泉が人間の身体に何らかの効能があることを発見した古代ローマ人の知恵にも脱帽するばかりだ。
抱腹絶倒!〜東宝映画「テルマエ・ロマエ」
古代ローマ人が療養温泉を開拓!バーデンヴァイラー温泉の興味深い歴史に思いを馳せているちょうどその頃、思いもかけぬ映画との出会いがあった。平成24年4月に公開された
東宝映画
「テルマエ・ロマエ」である。「古代ローマの浴場設計技師ルシウス・モデストゥスは、ローマの公衆浴場から21世紀の日本の銭湯に突然タイムスリップしてしまう」と云う奇想天外な物語だ。
映画のハイライトは、主人公ルシウスと「21世紀から連れてこられた日本人」が、ローマから遠く離れた戦場近くの山間に療養温泉を作るシーン。領土を拡大したローマ帝国だが、辺境では度重なる異民族の侵入にローマ軍は苦戦する。次々と脱落する傷ついた兵士達。ところが、ルシウス達が設営した温泉で傷と疲れを癒すことで兵士達は再び発奮し、戦いに勝利するのである。バーデンヴァイラー温泉の起源を彷彿とさせるシーンに思わず感銘を受けた。
話が完全に脱線してしまった。ドイツ軍の行進曲を鑑賞していたのに、気が付いたら「テルマエ・ロマエ」とは!それはヒトラーが悪いのである。バーデンヴァイラー「温泉」行進曲などと改名するからである。ドイツ軍のガチョウ足行進と、温泉の湯けむりが微妙に交錯すると云う不思議な行進曲になってしまった訳である。ちなみに平成25年1月31日、「テルマエ・ロマエ2」公開に向けて「ブルガリアに実物大コロッセオ建設中」とのニュースが飛び込んで来た!
東宝の一株主として、さらなるヒット作に期待したい。
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海上自衛隊演奏CD-index
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