札幌寫眞集〜第壱章
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札幌寫眞集〜「春」
ゴールデンウィークもただの冬〜遅すぎるよ札幌の春・・・
札幌の春は遅い。長い雪解けの日々を黙って過ぎ去るのを待つ。雪景色に喜んでいるのは犬と観光客ぐらいで、住民の立場でいると雪ほどうんざりするものは無かった。雪が解けると、地面に残されたゴミやら泥やらが地表に現れ、街中が泥だらけになってしまう。雨の日が幾度かやってくることで、少しずつ泥が消えていく。拙者が初めて経験した春は、とにかく遅かった。ゴールデンウィークを過ぎても、朝晩はしばらくコートが必要だった。ようやく桜も咲き始める訳だが、日中の気温が10度しかない日もあった。その代わり、日はどんどん長くなってくる。
さんさんと降り注ぐ太陽の元、
豊平館
はキラキラと輝く。ようやく長い冬が終わったと実感する。自転車であちこち散策に出かけるのも楽しい。けれども、豊平川沿いに設置してある温度計は「10度」と表示されていた。東京でいえば単なる冬の一日である。温度計の下の表示板には「雪解け増水注意!」〜これが遅すぎる札幌の春の風景だ。
サッポロファクトリー
の敷地内にあるレンガ館。中は店舗になっている。サッポロファクトリーとは、旧サッポロビール札幌第一工場跡地をショッピングモールに改装したもの。写真のレンガ館は、中は店舗になっている。もちろん、レンガむき出しの店内はレトロモダンな雰囲気に満ちていて、電球色の暖かい色合いも手伝って、いい感じのムードを作り出している。
札沼線で石狩当別に行ったときのこと・・・
5月下旬、石狩当別の当別神社に行った時の写真。開拓時代、当別町近辺を開拓したのは、仙台藩の一門であった
伊達邦直
とその家臣達だった。戊辰戦争に敗れ、領地のほとんどを没収された訳だが、家臣が路頭に迷うのを憂えた邦直は、私財を処分して北海道行きを決意。苦労を重ねて当別の地を開拓したのである。
この当別神社は、伊達邦直らが建てた小さな神社がその始まりらしい。
彼らはある程度の成功を収め、小さな迎賓館を建てた。これが迎賓館・・・明治政府の高官と開拓移民との格差は天国と地獄だな・・・。政府高官の専用列車はさいたま市の鉄道博物館で見た。
→写真はこちら・・
さて、6月中旬ともなると、恐ろしく日が長くなってくる。3時半くらいから7時半くらいまで、ずーっと明るい。やっぱり北極に近いのね。やまぶき色に色づく木々、澄み切った青い空〜1年でこの時季こそ最高なのではないか。
美瑛を散策
北海道で出会った人々と美瑛近辺を散策・・・散策と云うより旅行だな。メルヘンチックな三角屋根の建物が建ち並ぶ独特の景観は、多少わざとらしいところもあるけれど、それなりの努力の成果だと思う。
「青い湖」を見に行く。もっと太陽が出ていれば独特の色合いが撮影出来たかもしれず、ちょっと残念。
観光バスのガイドさん曰く、
「この地域は、夏は35度ぐらいまで気温が上がり、冬はマイナス35度くらいまで行ってしまう。日本で一番住みにくいところではないか」
とのこと。話聞いてるだけだと「へぇー」なのだが、旭川市内の酷寒を経験した人によると、「札幌市でマイナス5度なんて、暖かく感じる」と云いうから、もう何だか次元が違う。
→次ページ:札幌生活〜短い夏がくる
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